『疑問をもつ』ということを大事にしよう

10年前の自分に何か言えるとしたら『疑問をもち考えて、その結果納得できないことはやらなくて良い』と言いたい。

他にも沢山あるが。

中学生の時、僕は『学校での勉強はやる意味があるのか』と常に考えていた。特に数学だ。

いったい何に使うのか?覚えたところでどうなるのか?と毎回考えてしまい『数学をやりたくない』みたいな作文まで作ってしまったほど。

でも根が真面目であった当時の僕は宿題もやったし試験も普通にこなしていた。

今思うのは中学高校で施されたことは僕にとっては何も意味がなかった。何一つだ。

中学高校の勉強というのは『疑問を持たない人間をさらに洗脳し労働者に仕上げていくための過程』なのだと思う。

毎朝決まった時間に登校し皆が同じ内容の事を『暗記』し、何に役立つかわからない事をただの点数の為に時間を削る。僕は中学も高校も制服が無く頭髪の規則も無かったが大抵の学校はあるはずだ。その意味も皆考えずに『ルールだから』というだけで教師すらも洗脳されて必死に守っている。

学校に通っていてよかったのは疑問を持てる思考力を手に入れた事くらいだ。

だからもしこの記事を読んでいる10代の人がいたら、『義務感の為に意味無いとわかっている事に時間を使っている』と感じているのなら今すぐやめた方がいい。その代わりに心から打ち込めることだけやったらいい。

ファッションとかこだわる時期かもしれないが服には金を使わず没頭できる事に金を使うといい。

疑問や違和感を感じている人がどれほど少ないか、ルールだから仕方ないで済ましてしまう人がどれほど多いのか後にわかると思う。

       

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です